子育てをしていると、学校から帰ってきた我が子の沈んだ表情一つで、家庭の空気が一変することがある。昨日、小学4年生の次女が、今にも泣き出しそうな悲しい顔で帰宅した。理由を尋ねると、学校での宿題提出の列で、好きだったお友達から突然「ビンタ」をされたのだという。
相手側の言い分としては、娘が並んだ位置が「順番抜かし」に見えたということらしい。しかし、どれだけ言い分があろうとも、もう10歳になる小学4年生だ。「そこ並んでるよ」の一言が言えず、暴力という手段を選んでしまう幼さに、親として強い憤りを禁じ得なかった。
最近、周囲でも「すぐ手が出る子」の話をよく耳にする。気に入らないとお腹をパンチする、構ってほしくてつねる。多様な背景を持つ子どもが集まる公立小学校だからこそ、理不尽なトラブルへの直面は避けられない現実なのかもしれない。
ただ、何よりも私の心を締め付けたのは、ビンタされた次女が「黙って、後ろに並び直した」というだこと。争いを避けるための娘なりの処世術だったのかもしれないが、理不尽を受け入れて静かに引き下がった娘の背中を想像すると、やるせなさが込み上げる。
その時、傍で聞いていた長女が「なんで叩くん?ってその場で聞かなあかんで!」と毅然と言い放った。まさに正論である。
私も長女の意見に同意し、次女へ「次は必ず怒りなさい。痛いからやめてと口で言いなさい」と言い聞かせた。理不尽な攻撃に対して、自分の境界線を毅然と守るスキルは、これからの社会を生きる上で絶対に必要だと思う。
しかし、娘が口にした不安は、私の「親としての正論」がいかに教室のリアルから浮いているかを突きつけるものだった。 「痛いからやめてって言ったら、『そんなんで痛いん?弱っ!!』って言われそう」
この一言に、娘が抱える葛藤の深さがすべて詰まっていた。
改めて、「娘と私は別人格である」という子育ての原点に立ち返らされる。私や長女のように「言い返せばいい」と思える人間と、相手の反応や教室の空気を繊細に察知して身がすくんでしまう次女とでは、心の仕組みが全く違うということを理解しなくてはいけない。
親の物差しで「こう言い返しなさい」と強要することは、時に子どもをさらに追い詰めてしまう。まずは「黙って耐えて、よく頑張って帰ってきたね」と、娘の選択を丸ごと受け止めること。
その上で、学校側への適切な事実確認も含め、親がどう動くべきか。
正論を振りかざすのではなく、傷ついた子どもが一番安心できるリビングを作り続けることの大切さを、改めて感じる。


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