中学受験や塾の習い事が本格化する小学5年生。
宿題の量や難易度が上がるだけでなく、子どもたちは「塾の先生」という、学校とはまた違った価値観を持つ大人との人間関係にも直面するようになる。
昨日、塾の帰り道の車内で、長女が「めっちゃ先生が嫌だ」と強い不満を漏らした。理由を聞くと、親としてもモヤモヤとする、今どきの子どものモチベーション管理の難しさを考えさせられる内容だった。
事の発端は、授業中に「柔軟」という言葉の意味が話題になったときのこと。周囲の生徒が「知らない人はいないよね」と言ったのに対し、講師が「いや、いるかもしれないよ。〇〇ちゃん(長女)とか」と、名指しでからかうような発言をしたのだという。
長女はその場で「意味くらい分かるし!柔らかいってことでしょ!」と言い返したそうだが、クラスメイトの前で「勉強ができない子」のレッテルを貼るような講師のデリカシーのない弄りに、プライドが深く傷ついたのは言うまでもないこと。
さらに長女は、塾の「競争の煽り方」にも強い嫌悪感を抱いていた。小テストで最高点を取った子だけ発表し、他の生徒には「お前らは負けだ!」と先生が言っているらしい。 それに対する長女の言葉がとても理解できるものだった。 「別に私たちは誰かと勝負してるわけじゃない。私は私なりに、最近点数が伸びてきて頑張っているのに、トップ層だけを褒めて他を『負け』扱いされたら、マジでやる気がなくなる」
大人の視点で見れば、この講師の意図は理解できる。あえてライバル心を煽り、「負けたくない」という反発心をエネルギーに変えさせようという、指導法だ。このやり方でスイッチが入るタイプの子も、確かに一定数存在する。
しかし、我が家の長女のように「他者との比較」ではなく「過去の自分との比較」でモチベーションを保つタイプの子どもにとっては、この手のハングリー精神の強要は、ただの理不尽な精神的攻撃になってしまうのだ。現に長女は、今回「言葉力テスト」で自分の過去最高点をとっていた。
自分の努力の成果を喜びたい瞬間に、他者との勝ち負けの物差しで「お前は負けだ」と一蹴されれば、やる気が削がれるのは当然の反応だと思う。
ここで親として難しいのは、塾の指導方針への介入ラインだ。家に帰ってからも家族全員に悔しさを爆発させていた長女の姿を見ながら、私は「娘と私は別人格であり、そして娘と講師もまた違う人間である」という境界線を意識せざるを得なかった。 親としては、他者と競い合う中でハングリーに伸びていく逞しさも身につけてほしいと、つい期待してしまう。しかし、他者との競争に興味がない子に、無理やりそのマインドをインストールしようとしても、心がすり減ってしまうのではないかと思ってしまう。
競争心が低いことは、決して欠点ではない。それは「自分軸がしっかりしている」という強力な長所でもある。塾の先生の煽り文句は、右から左へ受け流せばいい。我が子には、周囲の雑音に惑わされることなく、自分のペースを大切にしながら、コツコツと自分だけの努力を積み上げていく強さを育んでほしいと、静かに見守っている。


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