我が子と自分は「別人格」。昭和生まれの母親が、令和を生きる子どもの感性をリスペクトするために心に留めていること

家庭学習・塾の工夫

子どもと一緒に過ごす日々の中で、私が密かに「楽しいなぁ」と感じていることがある。それは、子どもたちの姿を通して、自分自身の子ども時代をもう一度過ごしているような感覚になれることだ。

学校での些細な出来事に一喜一憂したり、お祭りに誰と行くかで真剣に悩んだり。テストで100点を取って大喜びで帰ってくる姿を見ていると、かつて自分も同じように悩み、笑っていた日々が鮮明に蘇ってくる。子どもたちが家庭に持ち帰ってくれる何気ないお喋りは、私に自分の幼少期を懐かしむという、贅沢な時間をプレゼントしてくれている。

しかし、こうして我が子に自分を重ね合わせられる楽しさがあるからこそ、親として絶対に忘れてはならない境界線があるとも感じている。

それは、「子どもと私は、完全に独立した別人格である」という事実だ。

どれだけ我が子が自分の小さい頃と似たような経験をしていたとしても、本人が肌で感じる感情や葛藤は、私のものとはまるで違う。私と子どもは違う人間であり、持っている性格も、取り巻く環境も異なるからだ。

特に意識すべきなのは、「時代背景」の違いである。

私が子ども時代を過ごした「昭和」の常識や価値観は、今の「令和」を生きる子どもたちには通用しないことが多い。 友達との繋がり方ひとつとっても、スマホやSNSが身近にある令和には、令和の時代に即した子どもなりの悩みや、それに対する繊細な反応の仕方がある。昭和の物差しで「お母さんの頃はこうだったから」とアドバイスを押し付けるのは、時に子どもを苦しめてしまうかもしれない。

我が子の成長に懐かしさを覚えつつも、過度に同化せず、「令和を生きる一人の人間」としてリスペクトする。 子どもの話を「へえ、今はそんな風に考えるんだね」とフラットに聴ける、風通しの良いリビングの環境を、これからも作っていきたい。

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