成人式以来、同窓会には一度も行っていません
みなさんは、同窓会の案内が届いたら参加しますか?それともスルーしますか?
実は私は、同窓会というものが大の苦手で、成人式以来一度も参加したことがありません。
理由はとてもシンプル。 「昔の友達と会っても、ぶっちゃけ話すことがないから」です。
今でも繋がっている「親友」と呼べる友達とは、普段から頻繁に連絡を取り合っています。わざわざ同窓会という公の場に行かなくても、お互いの近況報告はいつもアップデートされているっていう感覚です。
そうなると、同窓会で会うのは「何年も、何十年も会っていなかった旧友たち」。 久々に会った彼らの近況を聞いても、正直そこまで興味が持てない……。「話が盛り上がらなかったらどうしよう」と気まずさを想像してしまうのが、私の正直な本音です。
一方で、色んな友人を誘って「久しぶり〜!!!」とあの独特の空間を心から楽しんでいる人もいますよね。人見知りしてしまう私からすると、本当にうらやましい限りです。
なぜ、これほどまでに意見が分かれるのか? 「同窓会賛成派」と「反対派」、それぞれの視点から見えてくる価値観の違いについて、少し深掘りしてみました。
【同窓会賛成派】の視点:過去と今を繋ぐ「思い出のタイムマシン」
賛成派の人たちにとって、同窓会はまさに「思い出のタイムマシン」のような場所なのだと思います。
昔の自分と現在の自分を比べたり、「あの頃、実はこうだったよね〜」と当時の笑い話に花を咲かせたり。普段の生活では話題にすら上らないような甘酸っぱい記憶が、その空間では特別な価値を持つ時間になります。
価値を感じる人にとって、同窓会は単なる飲み会ではなく、「過去の自分を愛おしみ、今と繋ぐ楽しいイベント」なのかもしれません。
さらに、賛成派の人は社交的なタイプが多く、人との繋がりを純粋に大切にしている印象です。「久々に会うあの人、今どうしてるかな?」と、他者に対してまっすぐな好奇心を持っているからこそ、同窓会を心から楽しめるのではないでしょうか。
【同窓会反対派】の視点:今が充実しているからこそ「過去」にこだわらない
一方、私を含めた反対派の視点から見ると、同窓会は「過去の人間関係の強制再来」という一面があります。
確かに懐かしさはあるけれど、「今さら昔の話をしてどうするの?」という疑問がどうしても湧いてきてしまうのです。
昔のクラスメイトとは、もうそれぞれ全く別々の人生を歩んでいて、生活環境も違えば、共通点もなくなっています。今の自分を理解し、支えてくれている大切な人は、わざわざ同窓会に行かなくても、すでに私の身近(家族や親友)にいる。それが反対派のベースにある考え方です。
さらに、反対派の人は「同窓会特有のハイテンション」についていけないことも多々あります。 その場のノリや空気感でワイワイ楽しむことよりも、「中身のある、意味のある会話をしたい」と考えるタイプの人にとっては、気疲れするばかりで、あまり有意義な時間とは思えないのかもしれないなと感じます。
結論:自分の心が「心地よい」と思う選択をすればいい
結局のところ、「過去の友人や思い出にどれだけ重きを置いているか」という価値観の違いなんですよね。
同窓会が「楽しい一大イベント」になるか、「気乗りしない義務的な集まり」になるかは、人それぞれです。どっちが良い悪いという話ではありません。
「自分にとって、今どこに時間とエネルギーを使うのが一番心地よいか」で選んでみるのもいいかもしれませn。
それくらいの割り切った気持ちでいれば、行く派であっても、行かない派であっても、お互い気楽でいられますよね。
💡 同窓会をパスして、浮いた時間と会費で「今の自分」を贅沢に満たす方法
同窓会の会費って、一回につき5,000円〜10,000円ほどかかることもザラにあります。さらに往復の交通費や、着ていく服を悩む時間、終わった後の気疲れ……。
もし「今回はパスしよう」と決めたなら、その浮いた数千円と数時間のおひとり様時間を、今の自分のための「極上のご褒美」に変えてみるのはいかがでしょうか?
気まずい会話に愛想笑いをする代わりに、おうちでちょっと高級なスイーツをお取り寄せして、気になっていた映画を1本観る。あるいは、これからの自分のキャリアや趣味のために、大人のオンラインレッスンを始めてみる。
「過去」を振り返る時間をお休みした分、「今」と「これから」の自分を心地よくアップデートする時間にあてる方が、今の私にとってはよっぽど価値のある選択だなと感じています。
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芋の本場九州の芋を福岡久留米で焼きそのままご自宅へ周りの目を気にせず、自分の「心地いい」を最優先にする。
そんな選択ができる大人の心の余裕を、これからも大切にしていきたいですね。


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