子どもの成長に伴い、家族旅行の目的は単なる「レジャー」から「原体験を積む場」へと、少しずつ変化していく気がします。
先日、小学5年生の長女と4年生の次女を連れて、1泊2日の広島旅行へ行ってきました。目的地に選んだのは、原爆ドームと平和記念資料館、宮島です。
関西圏の小学校では、6年生の修学旅行で広島を訪れるのが定番です。そのため「わざわざ今、行かなくてもいいのではないか」という意見もあるかもしれません。しかし私は、学校の集団行動の中でスケジュールに追われながらサラッと見学するよりも、家族で対話をしながら、一人ひとりのペースでゆっくりと歴史に向き合う時間を今、作りたいと考えました。結果として、この選択は大正解だったと思います。
長女の「行ってみたい」という強いリクエストもあり、まずは朝一番に原爆ドームを訪れました。 現代を生きる10歳前後の子どもたちにとって、戦争はまだ教科書の中の遠い出来事であり、その認識もどこか漠然としています。私はドームの前に立ち、子どもたちに向けて言葉を尽くしました。なぜこの場所に爆弾が落とされなければならなかったのか。日本とアメリカの間に、そして当時の世界に何が起きていたのか――。
伝えたい想いが先走り、親である私の説明は決してスマートではなかったと思います。しかし、娘たちは強い関心を持って、私の言葉を一つひとつ噛みしめるように聞いていました。子どもたちが持つ「知りたい」という純粋な知的好奇心の芽を、肌で感じた瞬間でした。
この熱が冷めないうちに、今週は図書館へ足を運び、原爆や戦争に関する児童書や漫画を借りてこようと思います。親が口頭で教えられることには限界があります。だからこそ、リビングの日常の中に良質な本をそっと置いておくことで、子ども自身が自発的に知識を深めていく環境を整えてあげたいです。
続いて訪れた平和記念資料館では、子どもの心の繊細さと、それ以上の「強さ」に直面することになりました。 館内に展示された、戦争の凄惨さを伝える生々しい資料や遺品の数々。子どもたちは言葉を失い、ただ見入っていました。途中で、あまりの衝撃に次女の心がキャパオーバーを起こし、「しんどい」と足を止めました。ベンチで休みながら「もう出ようか」と声をかけたのですが、最後まで見るということで、休憩をいれながら回っていきました。
凄惨な事実から目を背けず、自分のペースで受け止めようとした娘たち。館内を出た瞬間、彼女たちの口から溢れ出した止まらない「質問の嵐」こそが、彼女たちの心が激しく動き、思考し始めた何よりの証拠でした。
ただ暗記するだけの歴史ではなく、自分の目で見て、心で痛みを感じ、疑問を持つ。
そんな「生きた学び」の種をまくことができた、忘れられない家族の旅となりました。


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